*触れられた頬* ―冬―
「お待たせしました、茉柚子さん」

 モモは再び部屋に戻ったが、昼寝組は跡形もなく消え、茉柚子だけが背を向けて座っていた。

「あの……お話って?」

 茉柚子の右隣の椅子に腰掛け、少し高鳴る鼓動を忘れたいように早速問い掛ける。

「ね、モモ。サーカスから此処までのバスに乗って、街並みが変わったことに気が付いた?」

 茉柚子は目の前にお茶を差し出しながら話を始めたが、露骨に本題に入るのは避けた様子だった。

「あ、はい。近く新幹線の駅が出来るって聞いてますし、随分都会になってきたなぁって」

 茉柚子の横顔がモモの言葉を聞いて、相槌を打ちながら一度目を伏せた。

「そうなの。それでね、この辺り一帯が大きな複合施設に変わることになったのよ。ショッピングモールや映画館、それに劇場も出来るの、凄いでしょ?」

「ええ……はい」

 ──この辺り……一帯?

 茉柚子のテーブルに置かれた両手が結ばれて、グッと力が込められた。

 ゆっくりと上げられた悲痛な面持ち、瞳には涙が溢れて、その一筋が落ち、モモは慌てて自分のハンカチを差し出していた。

「モモ、お願いよ。私達を助けると思って……戻ってきてくれないかしら……サーカスを辞めて」

 ──えっ!?

 此処一年弱で一体何度目の金縛りになるのか──モモはまたもや息の根が止められていた──。


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