*触れられた頬* ―冬―
「そっか……明日葉(あすは)さんの部屋だと思えば眠れるかも」

 モモは目を閉じ、春の柔らかな光の中で目覚めた高岡邸を思い出した。

 あの部屋では気を失ったまま寝かされていた所為(せい)か、あんなに豪奢(ごうしゃ)でありながら、初めから心地良く眠れた自分がいたのだ。

 ──先輩のお父様と杏奈さんと……高岡のお父様や団長をはじめとしたサーカスのみんな……こんなにお世話になっているのに、あたし、何か役に立ってるんだろうか? みんなに何か返せるんだろうか……。

 今一度、暗闇の中で目を開く。

 僅かに開けておいたカーテンの向こうの街の(あか)りが、あの夜桜を照らした街灯を思い起こさせた。

 ──あの頃は未だ何にも気付けずにいたのかも……。

 周りの大人達がどれほど自分を見守っていてくれたのかということ。

 どれだけ心配してくれていたのか……誘拐されてやっと気が付いた。

 自分独りで立てていると思っていたつもりはなかったけれど──本当に馬鹿だ……。

 モモはふと夏の花火大会も思い出した。

 あの雑踏の中で(つか)まれた手首が、凪徒と交わした夜桜の約束を、もう二度と叶わないものと思わせて、切なく背を追ったあの夜のことを。


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