*触れられた頬* ―冬―
 モスクワ滞在二日目のこの日は、ホテルでの朝食を早々に終わらせ、地下鉄一号線で数駅の日本大使館に早速(おもむ)いていた。

 が、「個人情報は明かせません」の一点張りで、椿との血の繋がりを証明する何かが提示出来なければ何も教えられないと、門前払い状態で(ほとん)ど取り合ってもらえなかった。

 残念ながらモモは母親の手掛かりを一切持たないのだ。

 諦めて立ち去るしか他なかった。

 それから凪徒は或る(ひらめ)きが頭に浮かんで、携帯から日本に電話を掛けた。

 相手は音響照明係でパソコンおたくの秀成。秀成はすぐに応答したが、

「あ~秀成? 悪いが頼みがあるんだけど……」

『凪徒さんっ!? す……すみませんっ! ちょっと立て込んでて……』

 秀成の声は慌てている上に何やらうわずっていた。

「……どうかしたのか?」

 電話の向こうから、秀成の息継ぎとドタバタ走る足音が聞こえる。

『え、ええぇとっ……ちょっと、リンが……』

「リンがどうした?」

 凪徒の驚き問い掛ける声に、隣で通話の終わるのを静かに待っていたモモもハッと顔を上げた。

『え~えと……もっ、盲腸で入院することになって……』

「盲腸!? 大丈夫なのか?」

『は、はい! だいじょぶですっ、あの~これから入院の手続きしなきゃなんで、すみません!!』

「あ、ひでなっ──切りやがった……」


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