*触れられた頬* ―冬―
 モモの被るコートのフードに、かなりの雪が降り積もっていた。

 それほど時間を掛けながら開演時間前には、ツヴェトノイ・プリヴァール駅傍のニクーリン・サーカスに到着した。

 日本の巡業サーカスとは違って、もちろんしっかりとした建物の中だ。

 一八八〇年創設という古い歴史を持つことから『オールド・サーカス』と呼ばれるが、「人を楽しませ、笑わせること」をモットーとして生涯をサーカスに捧げ、人々から慕われた道化師ユーリー・ニクーリンの名を冠し始めたのは、未だ此処十五年程である。

 凪徒は辿(たど)り着くなり、普段見せたことのない子供のような笑顔を表した。

 劇場前に立つニクーリンの銅像に興奮し、その像が手を掛けるオープンカーの像に乗り込んで、モモに写真撮影をねだる。

 余りの変貌振りにモモは唖然としながらデジカメを受け取ったが、これが凪徒のサーカスに捧げる愛情の片鱗(へんりん)なのだと気付かされ、そしてそんな屈託(くったく)のない凪徒の表情を見られたことに、いつになく幸せを感じていた。


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