冬の月 【短編】
『そんなに難しく考えなくていいからさ…』
「え?…でも、そんな…せっかく出来た大切な曲なのに…」
『いいんだ…っていうよりも僕は栞ちゃんに書いてもらいたいんだ』
「ど、どうしてですか?私なんかが書くよりも…」
『うううん…せっかく二人でいる時に出来たメロディなんだし…』
「でも…」
『ずっと僕の唄を聴いてくれてた栞ちゃんだったらさ…きっと僕に合ったいい歌詞を書いてもらえると思うんだ。
だから…僕からのお願い。
いい?かな?』
彼女は少し俯いて、考えている様子だった。
しばらくして栞は口を開いた。
「わかりました…でも、本当にいいんですか?私なんかが書いても…」
そう言いながら彼女はゆっくりと手を差し出した。
僕はそんな彼女の手の平にカセットテープを乗せた。
『もちろん!!よかったぁ…』
「知りませんよ?どんな歌詞になっちゃっても…」
僕が栞にお願いしたのには三つの理由があった。
一つは、彼女が音楽に興味を持ち始めていたということ。
二つ目は僕自身が栞の書いた歌詞で唄いたかった、ということ。
そして三つ目は…僕と栞の共同作業で一つの曲が完成するということ…。
そのことを考えるとワクワクして胸が弾んだ。
結局その日、僕は彼女にユニットとして誘われていることを言えずに別れた。
そのことを忘れていたわけではなかった。
でも何故か言えなかった。
二人で過ごす時間があまりにも穏やかで、安らぎと幸せに満ちていたから…。
この時の僕は気付いていなかったが…
たぶん、そういうことだったんだと思う。