冬の月 【短編】
駅ビルの外はいつも以上に寒かった。
ビルとビルの間を吹き抜ける風が、時折冷たく頬を刺した。
彼は楽器と機材を取ってくると言って、車の方に戻っていった。
こんなに寒くても、路上に出て唄っている若者が他に何人もいた。
一生懸命大きな声で唄うその声は、この街全体に響き渡っているようにも感じられた。
彼らは道行く人々に自分なりのメッセージを投げ掛け続けているのだ。
でも、この寒さの中、立ち止まって聴いていく人などほとんど居ない。
それでも彼らは唄い続ける。
それはまるで自分が生まれ育った使命か何かのように…。
中には、そんな彼らのことを鼻で笑って馬鹿にする人達もいた。
「風邪ひくだけ」
「どうせプロになんてなれないのに…」
「うるさい…迷惑」
「誰も聴いてないのに」
でも大切なのはそんなことではない。
結果、目標を達成できなくても、そこに向かって努力したことに意味があるのだ。
何もせずに決められたレールの上を歩いていくよりも、その努力の後に残ったものがこれからの人生にプラスとして形に現れる時が必ずある。
彼らが今していることは、長い人生の階段を確実に上っていっている過程なのだ。
5分ほど経って、春樹がギターと機材を両手に戻ってきた。
「お待たせしました!!一人で運ぶのは大変なんですよ!!これからは半分づつでいけますけどね(笑)
じゃ、あっちの方で…」
彼は駅ビルの出入り口に近い方に移動し、そこで唄う準備を始めた。
まず、バッテリー駆動のアンプの位置を決め、それに合わせてマイクスタンドを立てる。
彼は路上ミュージシャンだったが、基本的に生音演奏はしない。
少しでも遠くまで声が届くように、アンプとマイクを使っての路上だった。
それもこの街では決して珍しいことではなかった。
それだけこの街は人も多く、騒がしいのだ。