冬の月 【短編】
しばらくして準備が出来たらしく、彼はマイクを通して声を出した。
「あ、あ、…人時さん?音量どんなもんですか?いけてます?」
彼の声がアンプを通して外に響き渡った。
どれくらいの音量がほどよいのか…よくわからなかったが、彼から5メートル程離れた場所に立っていた僕は、とりあえずそこからオッケーサインを出した。
続けて彼はギターの音もアンプから出して、声とのバランスを確かめだした。
この時も、僕は彼に「どうですか?」と聞かれたので、よくわからなかったがオッケーサインを出した。
「それじゃ、さっき渡したCD-Rに入ってる曲から唄うんで聴いててくださいね!!
それで、ギターアレンジのイメージ作ってみて下さい!!」
マイクを通して彼は僕にそう言ってから、ギターのイントロを弾き始めた。
そしてすぐにわかった。
確かに彼のギターの音はバラバラで聴きづらい…余計な音もちょこちょこ入ってくるしストロークも硬い…。
「こんなんじゃ誰も聴かない…」
そう思ったが、彼の唄が入ってきた瞬間にその評価は一変した。
キャッチーで綺麗なメロディライン…そして透き通るような甘い唄声と3オクターブを超えるくらいの音域…
僕は一瞬、自分の体が固まったことに気付いた。
もちろん、彼の唄を聴いたことがなかったという訳ではなかったが、こんなに間近で真剣に聴いたのはこれが初めてのことだった。
正直、彼の唄がこんなに素晴らしいものだとは思っていなかった。
僕は寒さも忘れて聴き入っていた。
彼の唄にはそれだけの力があるのだ。