冬の月 【短編】




*




その日も「ハルヒト」の路上には、100人以上のお客さんが集まってくれていた。

ライブ中、ギター演奏に余裕のない僕は、曲と曲の間のMC以外ほとんど顔を上げることがない。

5曲目の演奏が終わって、春樹がMCに入った。

その日の路上で、僕はこの時初めて、お客さんの顔を見ることが出来た。

春樹のMCで笑い声が響く中…見渡したその大勢のお客さんの中から、僕は栞に似た子を見つけた。

その子は駅ビルの大きな柱にもたれるようにして、じっと僕の方を見ていた。

似ている…いや、似ているなんてものじゃなかった。

その姿は確かに栞だった。

僕からの距離だと10メートルくらい離れた場所に栞は立っていた。

でも、僕と彼女の間にはたくさんの人が居るし、ただでさえ騒がしい駅ビルの出入り口では僕の声が届くはずはない。


『…栞ちゃん?』


僕が彼女の方を見ながら口パクでそう言うと、その子は小さく頭を下げた。

やっぱり栞だった。

僕はそんな彼女に笑顔で返した。

それは彼女が来なくなってから…しばらく忘れていた笑顔だった。




「人時さん!」


春樹の声が聞こえた。


『え?』


「次の曲いきますよ?」


『え?あ…う、うん』


それからすぐに「ハルヒト」の路上は再開された。



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