冬の月 【短編】
『え?それは…楽しい…けど?』
「そう…ですか」
『なんで?』
「私には…そうは見えないんです。」
『え?』
「私は…唄ってる人時さんが…」
彼女の言葉にはまだ続きがあったようだったが、僕はその言葉を最後まで聞かずに声を出した。
『栞ちゃんにはわかんないんだよ…
音楽やってて…どんなに唄っても誰も聴いてくれない寂しさとか辛さが…
でも今は違うんだ…あんなにたくさんの人が楽しみにしてくれて、ここに集まってくれる…。』
「そっか…。そうですよね!!じゃ…なおさら私一人くらい来なくなってもいいですよね!!」
そう言って栞は僕に背を向けて、改札の方に再び歩き出した。
僕はそれ以上、追いかけることが出来なかった。
確かに彼女の言う通りなのだ。
僕は栞のたった一人の小さな拍手より、たくさんの大きな拍手を選んだのだから…。
でも、僕は自分が言った言葉にすぐに後悔をした。
本当はそんなこと一欠けらも思っていなかった。
なのに、僕はすねた子供のように彼女にそう言ってしまった。
おそらく栞が言った「そうは見えないです」という言葉に対しての強がりが、僕にそう言わせたんだと思う。
僕は彼女のことが好きだ。
きちんと告白したわけではないのだから、答えを貰えないのは当然のことだったけど、僕は彼女に「応援し続けてくれる」という形でその答えを求めていた。
だけど、栞は来なくなった。
つまりそれが、栞の僕に対する気持ちの答えだと思っていた。
だから僕は彼女のことを忘れようと努力していた。
それがこの時、僕の強がりとして言葉になってしまったのだ。