冬の月 【短編】
『確かにそうだけど…でも、僕の唄じゃ駄目なのはわかってるんですよ…。』
「何が?…駄目なんですか…」
『だから…僕が唄っても誰も立ち止まらないってことですよ…。』
春樹は不思議そうな表情を見せた。
「…そうかなあ?俺は人時さんの曲、結構いいと思うし好きですけど?」
『気休めはいいよ…。っていうか聴いたことないでしょ?』
「ありますよ。何回も…人時さんが気付いてなかっただけで(笑)」
『え?いつ?』
「いつって…一人で唄ってた時ですよ。いい曲作るなあって思ってましたもん(笑)」
『本当かな…。でもいくら春樹さんがいいって思ってくれても…誰ひとり止まって聴いてくれる人なんていなかったんですよ?』
「そりゃそうですよ(笑)だって人時さんは、あの子のために唄ってたんでしょ?」
『栞ちゃんの…ため?』
彼の言葉を聞いて、僕は初めてそのことに気付いた。
確かに僕は、栞が居るからここに来て唄っていた。
それはつまり、彼女のために唄っていたということなのだ。
そして、彼女が僕にくれる…その優しい笑顔と小さな拍手が僕の全てだった。
「僕だって…誰か一人のために唄ってたら、きっと誰も止まって聴いたりしてくれる人いませんよ(笑)」
『春樹さん…ありがとう…。』
「だから早く…唄ってあげて下さい。」