冬の月 【短編】
僕は弱くて、未熟な大人だった。
大切な人を大切に出来ないくらい…自分に自信のない惨めな大人だった。
ずっとそう思っていた。
でも彼女と出会い、近付き、そして、もう触れてしまいそうなほど近くにいた彼女とすれ違い、離れてしまった僕は、もう二度と失くしてはならない…本当の大切なものを知った。
それは、強さでも弱さでも自信でもない…大切な人を大切にする心なのだ。
その心があれば、格好つけることも、嘘も偽りも、強がりも必要ないし意味もない。
その心がその人の全てで、二人の間にはそれ以上も以下もないのだ。
きっと、栞はそれを知っていた。
だから知らなかった僕は彼女に教えられたのだ。
満月を見つめ、「冬の月」を唄いながら僕はずっとそんなことを考えていた。
そして、曲はアウトロを迎え、静かなアルペジオで…終わった。
僕は曲の余韻に浸りながら、もう一度ゆっくりと目を閉じた。
耳元を吹き抜ける風の音がまた騒がしく聞こえ始めた。
しばらくしてその風の音の中に、聞き覚えのある小さな音が聞こえたような気がした。
空耳かと思った。
目を開けることはできなかった。
でもよく聞くとはっきりとわかった。
風の音に混じって聞こえてきたのは、栞がくれる小さな拍手だった。