冬の月 【短編】
『ごめんね。』
「どうして…謝るんですか?」
彼女が震えた声で言った。
『一人で悩ませて…』
僕がそう言うと、彼女は少し俯いてゆっくりと首を何度も横に振った。
『言ってくれれば…』
「聞いて欲しかった…何度も話そうと思った、でも…私のせいで悩ませたくなかったの…」
かすれた声で彼女は言った。
「ユニットを組んで…お客さんが増えてきて…そんな時に私のせいで余計な心配はかけたくなかったんです…」
俯いている彼女の目からこぼれた涙が、膝の上に置いていた手の甲を濡らした。
そして涙混じりの声で言う。
「私は人時さんにとって…ただのお客さんですから…」
『そうじゃないよ』
僕は言った。
『だって僕は、栞ちゃんのためだけに唄ってるんだから…』
彼女は顔を上げて、涙で縁取られた目で僕を見た。
彼女と目が合い、僕はこの時初めてその瞳から彼女の気持ちを汲み取ることが出来た。
だから僕は彼女のその心に答えるように優しく見つめ返した。
そして『僕は栞ちゃんが好きなんだ』と言った。
彼女は溢れ出る涙を堪え切れずにその瞳をギュっと閉じた。
その縁から流れ出た涙が頬をゆっくりと伝う。