冬の月 【短編】
僕はポケットの中で温めていた手を彼女の顔に近づけ、頬を伝うその涙を指先でそっと拭った。
僕の指先を濡らしたその雫から彼女の熱がはっきりと伝わった。
『ずっと言いたかった。伝えたかった、でも…』
僕はもう一度、彼女の頬を伝う涙を拭った。
『でも言えなかったのは…きっと、僕が大切なことに気付いていなかったからだと思うんだ』
栞は唇をグッと閉じて、涙を堪えながら僕をもう一度見つめ返した。
その瞳は僕に「それは?」と訊いていた。
『大切な人を大切にできる心だよ』
僕は栞の真っ赤に染まった瞳を見つめ返しながらそう言った。
『栞ちゃん、聴いてくれる?』
そう言って僕は立ち上がり、5メートル先に置いてあるギターの方に歩いていった。
そしてギターをケースから取り出し、栞が座っている階段の方に向かって座った。
僕は一度夜空を見上げ、そこにある満月に祈りを込めた。
『こんばんは!!人時です!!
いつもここで路上ライブをしています!!
今日の路上はもう終わっちゃったんだけど、今日は特別に最後に一曲…
僕の大切な人が僕の為に書いてくれた曲を唄います!!』
僕はギターに指を乗せて、5メートル先の階段に座っている栞の方を見ながら思いを込めた。
君が書いてくれたこの詞は、こんなにいい曲に仕上がってるよ。
この曲は”月”と”君”がくれた僕の一生の宝物だ。
だから僕は唄い続けるよ。
ずっと唄い続けるよ。
この詞に込められた君の思いと僕の思いは同じだから。
この気持ちがある限り、二人はこの先もずっと一緒に居れるはずだから…。
ずっと一緒に…。