冬の月 【短編】
「それじゃ……また聴きに行きますね。今日はありがとうござい……」
『あ、あのさ……』
僕はそんな彼女の言葉をさえぎる様に、彼女の背中に声を掛けた。
彼女の身体がビクッとなり、動きが一瞬止まった。
『あの……相談があるんだけど』
彼女は「え?」という感じで、顔だけ僕の方に向けて目を丸くした。
僕がそんなこと言うなんて思ってもみなかったのだろうか、彼女はしばらくその姿勢を変えなかった。
『まだ……時間大丈夫?』
その時、時間はすでに夜中の1時を回っていたが、彼女は時間に焦っているような仕草はみせていなかった。
彼女は素直に「はい」と言って、特に嫌そうな表情も見せずに助手席に座り直した。
それどころか真剣に、僕の次の言葉を待っている様子だった。
それは僕にとってすごく嬉しいことだったし、安心して話せる要素になった。
『あのさ……』
「はい」
『僕……唄うのやめようかと思ってるんだ』
彼女の返事はなかった。
ただ真剣に僕の顔を見つめ直した。
「どうして?」という表情だったが、その目は少し悲しそうに見えた。
僕はすぐに言葉を続けた。
『路上をやめるんじゃないよ……曲を作るのは好きだしこれからも続けたい』
彼女はゆっくりと頷いてそのまま視線を落とした。
僕は言い訳をするように少し焦ったように続けた。
『でも……唄には自信がないんだ。だから』
「……唄ってくれる相方を見つける?ってことですか?」
彼女は小さな声でそう呟いた。
でも強い語気だった。
まるで、僕の考えていることは全てわかっていたかのように、その言葉には確信と自信があるように思えた。