冬の月 【短編】
『うん……だって僕の唄だと……誰も立ち止まって聴いてくれないじゃん?』
「私はそうは思わない。だって私は……」
そこで彼女の言葉は一度途切れた。
少し考えるような空白があった。
でもすぐに彼女は言葉を続けた。
「……人時(ひとき)さんの唄が好きで聴きに行ってるの。」
『じゃ、僕が、唄わなくなったら……』
「その考えはよくないと思いますよ……。あれが駄目ならこう、これが駄目ならこうって……そんなんだと何をやっても進歩がないと思うんです」
確かにその通りだと思った。
でも彼女はすぐに肩をすくめて視線を泳がせながら言った。
「あ、いや、えっと、ごめんなさい……なんだか偉そうに言ってしまって」
『ううん、そんなことないよ』
「え?でも……」
『確かに、栞ちゃんの言うとおりだと思う……そうだね、そうだよね』
僕はそうやって真剣に答えてくれた彼女の言葉が嬉しかった。
彼女の方をチラッと見ると、俯きながら微笑んでいる彼女の横顔が見えた。
それだけでなんだか幸せな気分になれた。
それは安心というよりも安らぎと言った方がいい。
彼女は視線を感じたのか、僕と目を合わせた。
その優しい笑顔を見て、僕はさらに嬉しさを感じ、身を震わせた。
「頑張って下さいね」と彼女は僕に声を掛ける。
「うん」と小さく頷き、僕も頬笑み返す。
おそらくこの時からだと思う。
僕が彼女のことを想うようになったのは――