天狗一族総帥の一途な求婚~君と甘い口づけを~
 たしかに去年も一昨年も、那智は夏休みの間中、家には戻っていなかった。
 よく知らないが、那智の家は大きな家の分家らしくいろいろと用事を言いつけられるとか。本家とか分家とかたいそうな話だなと、平々凡々な育ちの鈴鹿は思う。

「今年はこっちでやる大事な用ができたからな。帰省するつもりはない」

「大事な用って?」

 比子が聞くが、那智は曖昧に笑って言葉を濁した。

「ちょっとな」

 そう言って那智は、ふたたび鈴鹿を見つめた。
 なんだろうと首を傾げていると、なんでもないと微笑まれる。その笑みが、妙に意味深で気になった。

「え~なんか二人見つめ合っちゃって! 怪しいんですけど!」

「比子が来るとほんと騒がしいな! ほら、そろそろ勉強するぞ!」

「はぁい」

 その後、勉強を一時間ほどやり、夕方頃に二人が帰っていった。


 それから一週間後。
 那智が、見たこともないほどの美形を連れて、家にやって来た。

 二十代半ばだろうか。真っ黒の髪に、髪と同じ色の目。すらりとした長身で、この暑さで黒っぽい着流しを着ているのが非常に目立つ。

 長いまつげに縁取られた目は、真っ直ぐに鈴鹿を見つめ、鋭く細められていた。間違いなく男性だとわかるのに、見惚れてしまうほど綺麗な人だ。

(怖いくらいの美形って、こういう人のこと言うんだろうな……)

 邪魔そうに長い前髪をかき上げる仕草でさえ絵になる。思わずぽうっと見蕩れていると、男性の真横にいる那智から「おい」と呆れたように声をかけられた。

「は、初めまして!」

「えぇと、こちらは白峰《しらみね》天馬《てんま》さま……じゃなくて、天馬さん、だ。こっちは伊勢鈴鹿です」

「知ってる」

「失礼しました」

 普段ならば、天馬様ってなに、お貴族ごっこ? とでも突っ込んでいたところなのに、紹介された天馬の美貌にあてられて言葉が出てこない。

「暑いんだが……入ってもいいか?」

「あっ、すみません! 玄関先で、どうぞどうぞ! えぇと、那智……部屋に行っててくれる? お茶持っていくから」

「わかった。こちらです」
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