手を伸ばせば、瑠璃色の月
「海で泳げなくても、砂浜の上歩けるだろ。夕日も見れるだろうし、海も海で綺麗だし…それとも、他に何か案でもあんのか?」

「いえ、海で大丈夫です」


即決だった。

蓮弥さんがそこまで考えてくれているならわざわざ口を挟む必要なんてないし、

そもそも、私は自分の意見も押し通せない程に弱い人間なのだから。


「…分かった」


私が即答した事に片眉を上げた蓮弥さんは、どこか腑に落ちないような顔で頷いて。


「俺も、最後にプラネタリウム見れて楽しかったわ。…次は、三日月の日にここで会おう」


そう言うと、片手を軽くあげてみせた。


「じゃあな。今度は帰りが遅くならねえように頑張れよ」


私の家の事情を知っている蓮弥さんの眼差しは、他の誰よりも優しい。


「はい。…次は、三日月の日に」

「おう。またな」



蓮弥さんが泥棒として私の家を訪れた時、彼は“月を頼りにして、お前の夢に出て来てやるよ”と言っていた。

だから、彼が日付や曜日ではなく月の満ち欠けで会う日を指定してくる事は、その世界観を壊さないようにしているみたいで、ますます彼との時間が特別に思えてくる。


ぺこりと頭を下げて改札を通る間、ずっと蓮弥さんの温かな視線が背中に刺さっているのを感じた。


…見送ってくれた彼も歩みを止めない私も、嫌という程理解していた。

しあわせだと思える時間が長く続けば続く程、奈落の底に叩き付けられた時の衝撃が計り知れない程に大きいという事に。

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