手を伸ばせば、瑠璃色の月
…ああ、疲れた。

嘘をつくのも、息も出来ない程に苦しい空間に閉じ込められているのも。

蓮弥さんが作ってくれた“逃げ場所”に、今すぐ駆け込めたらいいのに。


下唇を噛み締めて動きを止めた岳の代わりに箸を取ろうと屈んだ時、絨毯に丸く小さな染みが出来たのが見えた。


あれ、泣いてる。

そうやって他人事として捉えてしまう程に、私の心は荒んでいた。





そして、地獄の瞬間は唐突に訪れる。

それは、全員が夕飯を食べ終わった後、岳が宿題の続きをしに自室へ、私がその後を追うように階段を上がろうとしていた時だった。


「おい!そういえばお前、どうして俺からの電話に出なかったんだよ!」


家全体が震える程の怒号が、リビングを突き抜けて私の耳をつんざいたんだ。

今リビングにいるのは両親だけだから、父が母に対して怒っているのは明白。

まあ、モラハラ男なだけに怒る理由がしょうもない事なのだけれど。


「その時間は、子供達の部屋に掃除機をかけてたから…」

「今回が俺からの電話だから良かったものの、これがもし緊急の連絡だったらどうするつもりだったんだ?折り返しなんて言ってる場合じゃねぇんだぞ!お前はそれを分かってるのか!?」


消え入りそうな母の声に被せるような父の怒鳴り声は、まさに階段に足をかけていた私の動きを止めた。
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