手を伸ばせば、瑠璃色の月
「よいしょっと」
私の部屋は2階にあるから、3階まで上がるのは意外と体力が必要だ。
まあ、普段からろくに動きもせずに体育の授業も真面目に取り組んでいない自分が悪いのだけれど。
「岳ー、スマホ落ちてたよー」
これがなければ音楽も聴けないから、多分私の呼びかけも彼の耳に届いているはず。
声を張り上げながら2階を通り過ぎた私は、手すりに指を添わせながらもう一段上がって、
「え、」
目の前にいきなり現れた家族の姿に、息を飲んだ。
だって、そこには、
「っ、はっ、…」
とっくのとうに部屋に戻っていてもおかしくない岳が目を瞑り、耳に手を当てて座り込んでいたのだから。
「岳、何して…」
具合でも悪いのか、と慌てて弟の隣にしゃがみ込んだ私は、ある事に気がついてごくりと唾を飲み込んだ。
岳は、ただ耳に手を添えているんじゃない。
力を入れ過ぎて白くなった指先で、潰れそうな程に強く耳を押さえているんだ。
まるで、
「ごめん岳、ごめんねっ…もう全部終わったから、部屋に行こう」
父からの魔の言葉を、全て遮ろうと言わんばかりに。
「全部終わったよ、もう大丈夫」
ぎゅっと目を瞑る彼の腕をそっと引けば、恐怖一色に染まった栗色の瞳が揺らぎながら私の顔を捉える。