手を伸ばせば、瑠璃色の月
一瞬だけ彼の表情が和らいだものの、それは帰宅時に見た彼の笑顔とは程遠く。


…ごめんね、また貴方を守れなかった。

浅い呼吸を繰り返す弟の背中に手を添えて階段を上りながら、そっと目を伏せた。

岳がこうならないように先回りしたつもりだったけれど、一歩遅かった。


岳は自分のスマホを取り落とす程の恐怖に見舞われて、部屋にも戻れず、ただ耳を塞いで誰かが来てくれるのを待つしかなかったんだ。

全部あいつのせいでもあり、私のせいでもある。


ごめんね、不甲斐ない姉でごめんね。



階下から、父の怒鳴り声の空耳が聞こえた気がした。




「もう大丈夫だよ。何にも聞こえて来ない」


それから、耳を塞いだままの岳を半ば引きずるようにして部屋に連れ込んだ私は、ドアを閉めた後にそう呼び掛けたけれど。


「っ、…」


岳の耳には私の声が届いていないのか、彼は耳を塞いだままよろよろとベッドに腰掛けると素早い動きで傍に置かれたヘッドフォンを耳に装着した。

この状態になった弟が最低でも30分は人の声を聞かない、否、聞けない体勢に入ることなどとっくのとうに理解していた。


「…姉ちゃん、スマホ」


不意に、しわがれた声に呼ばれた私ははっと顔を上げる。

無音の世界に足を踏み入れた弟が、眉間に皺を寄せた表情のまま手を差し出していた。
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