手を伸ばせば、瑠璃色の月
「あ、はい」


手にしていたそれを渡せば、岳は感謝の言葉もそこそこに音楽アプリで曲をかけ始めた。

瞬間、父の大声に屈した時に彼がいつも流しているロックがヘッドフォンから漏れてくる。


「はぁーっ…、」


そうして音量を最大限まで上げた彼は、大きく息を吐いてベッドに仰向けに沈み込んだ。



耳に入るのは、2人分の呼吸音と漏れ聞こえてくる音楽。


「岳…」


そんなに大音量で聴いたら、耳が悪くなっちゃうよ。

そう言いたかったけれど、今の彼にはこの台詞は届かない。


…そうでなくても、岳の頭の中では未だに父の怒りに狂った声が響き続けているのだから。




「……俺、子供みたいだね。まあ子供なんだけどさ」


それから、どれ程の時間が経っただろうか。

自室へ戻るタイミングを見失った私が勝手に弟の横に座って宙を眺めていると、不意に小さな声が鼓膜を震わせた。


「え?」


流れるように視線を横に流せば、ぼんやりと天井を見上げている岳が映り込む。

その目は、赤く染まっていた。


「…ううん、」


爆音で曲を流し続けている彼の耳に、私の声が聞こえている保証はない。

それでも、口を開いた。


「岳は、子供よりももっと強いよ。…でも」



私は、父の斬撃に苦しめられているたった1人の兄弟ですら守れない。


「…そのまま、純粋なままでいてね」


岳の瞳から、耳の方へと透明な雫が流れ落ちる。


ごめんね、私がもっとしっかりするから。

この腐りきった小さな社会の中で、罰を受けるのは私だけで大丈夫なの。



蓮弥さんとの日中の出来事が、瞬く間にモノクロへと塗り替えられていく。

…自分のことを大切にするって、どうやるんだろう。


「…ごめんなさい」


最早誰に向かって言っているのかすら分からない謝罪の言葉を口にしながら、小さく俯いた。




麻痺した心は、涙を流すことすら許さなかった。


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