手を伸ばせば、瑠璃色の月
「…泥棒、さん」


気がつけば、その人の名を呼んでいた。


「!?」


私の口が動いたのを見ているはずなのに、男の人の肩がビクンと跳ねる。

その目は先程よりも大きく見開かれ、同時に瞳孔が瞬時に小さくなったのが見て取れた。


それもそうか。

その様子を見た私は、心の中で独りごちた。

例え夢の中だと言ったって、見知らぬ少女がいきなり話し掛けてきたら驚くに決まっている。

しかも、その少女がベッドではなくて地べたに座り込んでいるのだから、当然だ。



「…これ、返しに来た」


そうして、長いこと私を見つめていた泥棒さんが発した言葉は、非常に小さくて短いものだった。

彼の低い声は、父の汚らわしいそれの何十倍も心地良く耳に響く。


そういえばこの人、ネックレスを盗む時もわざわざ口に出して予告してくれていたっけ。

父もこのくらい優しい対応を取ってくれれば、言葉通り家族全員の人生が変わるのに。

泥棒が盗んだものを返しに来るなんて信じられない話ではあるけれど、夢の中なら何でもアリなのだろう。


黙ってしまった私が、いつの間にか言葉の代わりに安堵の視線を送ってしまっていたのか、泥棒さんは少し居心地の悪そうに目を逸らした。
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