手を伸ばせば、瑠璃色の月
一瞬で彼の言葉の意図を汲んでしまった私は、

「はい」

躊躇うことなく左手を出してみせた。


でも、もちろん朔がそんなものに引っ掛かるはずもなく。


「違う違う、右手。ほら」


あろう事か、彼は私が隠そうとしていた右手を掴むと、むんずと引き寄せて手のひらを返したんだ。


「…あら、どうしたの」

「…知世、何したらこうなるの」


二人が覗き込んだ先にあるのは、顕になったいくつもの穴。

いくら小さいと言ったって、数が多いのだから目立つに決まっている。


「あー、いや、昨日画鋲の上に手ついちゃって、あははは…」


全然笑えないのに、私のせいじゃないのに。

昨夜泥棒さんに語った事と正反対の事を言った私は、訝しげに首を傾ける二人を置き去りにしてその場を切り抜けたんだ。



「ああ、そうなの…。でも、絆創膏くらいは貼った方が良いわよ」

「えー、何でそんなにドジなの?絶対痛いじゃん…」


でも、私の素晴らしい演技力も相まって、二人はそれが私の不注意で起こったミスだと解釈したようだった。

心配性の朔からはネチネチと小言を頂いたけれど、幸せの前兆のくだりを出した私と美陽によって何とか落ち着きを取り戻していた。



その後、その日は至って何事もなく過ぎていった。

帰宅後は父にも何も言われず、母と父の口論もいつもより少なかったおかげで仲裁に入る事もなかった。


泥棒さんに言われた、“自分の為に生きろ”とは掛け離れた生活を送ってはいるけれど、

これこそが夢占いの言っていた“幸福の前兆”なのだと、そう信じて疑わなかったんだ。

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