手を伸ばせば、瑠璃色の月
私が父を恋しくなることは一生ないけれど、一人暮らしなんて始めた暁には、家事が出来なくてものの三日で倒れてしまうだろう。


私の問いを受けた彼は、うーん、と首を傾けた。

その澄んだ瞳に映るのは、いつの間にか夜空を漂う三日月。


「いや、ねえな。自分の時間が出来るから気楽でいい」


さすが大学生、考えが大人のそれだ。

何とも等身大の学生らしい返答を聞いた私は、くすりと笑みを漏らした。


「何だよ」

「いえ、何でもないです」

「気味悪いな、言えよ」

「何でもないですって」


気付かれないように誤魔化したはずが、どうやら蓮弥さんの目は騙せなかったみたいで。

一歩間違えれば父を起こしてしまう危険と隣り合わせなのに、小声でそんな言い合いを続ける。


それは、私が家の中で初めて素の笑顔をさらけ出した瞬間だった。



「…お前の話は、この間全部聞いちまったもんな」


その後、蓮弥さんがおもむろにそんな事を呟いた。

確かにそうだ、と私は頷く。

家族構成も父の仕打ちも、私は自分から一方的に話してしまっていたんだ。



「あ、名前」


すると突然、蓮弥さんがポンと手を打った。


「えっ?」

「だから、名前。何ていうの」


名前…ああ、私のか。

蓮弥さんと会うのは三度目だから、てっきり知っているものだと勘違いしていた。
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