手を伸ばせば、瑠璃色の月
「知世、です。玉森 知世」

「ちせ…」


囁くように名を口にすると、蓮弥さんは口の中でその二文字を転がした。

何か思うことでもあったのかな、と身構えたけれど、

「良い名前じゃん」

もう、身体を強ばらせる必要もなかった。


「あ、…ありがとう、ございます」


…何だか、蓮弥さんといると調子が狂う。

この名前の漢字は父が考えたもので、元々は“ちせ”ではなく“ともよ”と読ませたかったらしい。

それが昔風の名前だから、という理由で無理やりに“ちせ”という呼び方に変えたのが母で、…この小さな騒動がきっかけで、父のモラハラ具合が酷くなったと耳にしている。


だから、今まで自分の名前が良いだとか好きだとか、ただの一瞬たりとも考えたことがなくて。

それなのに、この人は当たり前のように肯定してくれた。

前回同様、彼は、私の中に蔓延る黒をいとも容易く取り除いてくれるんだ。


「…何?俺変な事言った?」

「いえ、言ってません」

「そ。なら良いけど」


私がいきなり黙りこくったのを見て、蓮弥さんが不思議そうに尋ねてくる。

水晶玉のような碧眼がこちらを見てしまう前に、必死で涙を飲み込んだ。


それは多分、いや確実に、嬉し涙だった。

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