手を伸ばせば、瑠璃色の月
「好きなの頼めよ。俺が払うから」

「はい。…えっ!?」


語尾に余計な一言が付いていた気がして顔を上げれば、蓮弥さんはどこ吹く風でメニューと睨めっこを続けている。


「何?」

「い、今、払うって…」

「当たり前だろ」

「い、いや、それは駄目です」

さも当然だと言いたげに目線を流した蓮弥さんに、ぶんぶんと首を振る。


「お金は持ってきましたので、払います。…私なんかに、大事なお金を使わないで下さい」



父に否定的な意見を言われるのが怖くて、幼い頃から欲しいものも欲しいと言った事がなかった。

家にはそれなりにお金もあったはずなのにお小遣いも最低限しか貰えなくて、でも、いつも自分のお金の半分は内緒で岳の貯金箱の中に入れてあげていた。

外見だけは着飾って、家族総出の会食にお呼ばれした時は父の名に恥じないように振る舞って、でも褒められた事なんて一度もない。


…だから、こんな私に、巷の一般人よりも窮屈な生活を強いられている私なんかにお金をはたいたら、それこそバチが当たってしまう。



「…なあ、公共の場で何回同じ事言わせたら気が済むんだよ」


メニュー表を持つ手に力を入れた時、蓮弥さんの静かな声が鼓膜を震わせた。

はっと顔を上げれば映り込むのは、こちらを見つめる猫のように鋭い瞳。
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