カオスの海に溺れるサカナは眠れない夜に夢を見る
 『ちゃんとノックしたよ?』

 馴れ馴れしい口調で、女はテーブルの前に、ちょこんと座る。

 『返事してねーし』

 素っ気なく言って、呆れた様に目を逸らすと、女はちょっぴり真顔になって訊いた。

 『再婚には反対?』

 『そっちだって同じだろ?』

 『アタシは大賛成。かっちゃんには、幸せになってほしいし』

 『かっちゃん?』

 怪訝な顔でオウム返しすると、女は相変わらずの笑顔で答える。

 『パパのこと。アタシずっと小さい頃から、そう呼んでる」

 あっそ……俺は「どうでもいい」と言う相槌を心の中で打った。

 『アタシね、自分の母親の事、全く知らないの。アタシが1歳になるかならないくらいに離婚したらしいんだけど、写真とかも1枚も残ってなくて、顔さえ知らない』

 いきなり身の上話を始めた女に、意地悪な質問をぶつけてみる。

 『その母親に、会いたいとか思わねぇの?』

 『思わない。でも、別に恨んでるとかじゃないよ?』

 『見かけによらず、随分と物分かりいいんだな』

 嫌味で言ったのに、女は照れくさそうに笑う。褒めてねーっつの、バーカ。
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