カオスの海に溺れるサカナは眠れない夜に夢を見る
 『李斗ってさ、実はマザコン?』

 『はぁ!? なわけねぇだろっ』

 『かっちゃんにお母さんを取られるのが嫌で、反対してるんでしょ?』

 『バカッ、ちげぇーよ』

 ムキになって否定する俺を女がクスクスと笑った。おまけに、いきなり呼び捨てしやがって、挙句の果てにマザコン扱い。マジこの女、すげぇムカつく!! 俺だって、母さんの幸せを願ってないわけじゃない。だけど、思考が現実に追い付かねーんだよ!! 声にならない苛立ちで俯きがちだった俺の前に、白い手がスッと差し出され、思いっきり迷惑顔を向けると、仁那は性懲りもなく、白い歯を見せてニカッと笑った。拒絶しつづける俺を気にも留めず、笑いかける奴なんて会った事がなくて、差し出された小さくて細い綺麗な白い手を拒む事も、握る事も出来ず見つめる。そして結局、顔を背けた。

 『あっ、そうだ。これから4人でご飯食べに行くんだって。李斗も行くよね? ってか、強制連行」

 仁那が俺の腕を掴んでグイッと引っ張る。

 『さっ、触んな』

 『行ってくれるなら放してあげる』

 どこか余裕のある悪戯な仁那の笑みに、早くその手を放してほしくて、つい口走ってしまった。

 『わかったから、放せ』

 『じゃあリビングで待ってるから、早く来てね』

 あっさり手を放した仁那が出て行った扉をぼんやりと見つめる。すっかり仁那のペースに巻き込まれている感じが面白くなくて、俺はガシガシと頭を掻いた。

そんな出会いだったにも関わらず、仁那とその父親に対する嫌悪感は、いつの間にか不思議なくらい薄らいでいた。
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