マーメイド・セレナーデ

喧嘩別れの日

「んだよ。文句あんのかよ?」

「だって折角の休みなんだからもっと違うリゾート地でもよかったじゃないって思ったのよ」



買ったばかりの旅行雑誌をテーブルに開いて、帰って来た翔太に変更を提案してみると見るからに機嫌が悪くなるのがわかった。
眉間にはしわが寄って、久しぶりにあの鋭い目付きに射抜かれると思って身体が竦んだ。

でも人がごちゃごちゃいる東京よりはこっちに行きたいと思ったから。翔太の眼から逸らさずに見つめていれば、一瞬だけ過ぎった鋭さも翔太の理性に押さえ込まれていくのがありありと見えた。


我慢している。
翔太が眼をつぶって、肩で大きく深呼吸をした。
眼を再び開けたとき、その眼には冷静さの中にも冷ややかなものが混ざっていた。
琴線に触れたかもしれない。
そう頭で理解は出来ていても一度加速した感情は止まる術を知らないの。



「ねぇ、あたし温泉に行きたいわ」



何も東京じゃなくていい。旅行は嬉しいけれどもっとのんびりしたところに行きたい。

言葉足らずだけどあたしは簡潔に伝え、あとは眼で訴える。翔太に伝わるかなんてわからないけど、甘い一時もあったあたしたちだもの。それに翔太が折れてくれたっていいはずだわ。
< 154 / 302 >

この作品をシェア

pagetop