マーメイド・セレナーデ
「おまえ、何ふざけたこと吐かしてんだよ」



感情の一切篭らない声はここまで冷たくなるとは知らなかった。

一切の言葉を忘れて、ただ翔太に意識が集まる。
すべて、絡め取ってしまうくらいの強い感情。

翔太の次の行動に、あたしの五感はすべて注目していた。
それで、すべてが動く。


言葉もない、数秒の間。
あたしにとって息苦しい時間だけが過ぎる。

時計の針の音が部屋にとても響き、耳に付くくらいには。


振り上げた翔太の手が目に入るとあたしは怖くなって眼をつぶる。
両手で頭を守るように上げたけど予想していたような衝撃も痛みもない。


思えば翔太があたしに手を上げることなんて今まで一度もなかったから怖がる必要なんてなかったのかもしれない。
けどその時のあたしは殴られるって思ったし、翔太を怖いと思ったの。


待てども来ない痛み。そのかわりにたたき付けるような大きな音が鼓膜を震わせ、驚いて目を開けた。

たたき付けられたものは旅行雑誌の上にあった。
有名飛行機会社のロゴが入った小さな封筒は開けずとも中に何が入っているのかがわかる。
< 155 / 302 >
表紙・目次

この作品をシェア

pagetop