マーメイド・セレナーデ
「花火が打ち上がるらしいからな、お前真知ちゃんと暮らし始めてからデートらしいデートもしてねぇだろ。今日はしっかりとデートしてこい。明日のことは――忘れろ、お前一人いなくたってなんとかなる」



車が停まって、ドアを大きく開け放つ。
降りようとした翔太の背中に投げ付けた言葉に全ての動作が止まった気がした。
時間が凍結したような。
まるで一時停止画面をみているようなくらい動きのない時だった。


息も詰まりそうなくらいな空気のなか先に動いたのは翔太。
肩越しに牧さんを振り返って一言。



「悪ぃ、頼む」

「まーかせとけって。お前らはイチャイチャしてこい、」

「真知、行くぞ」

「え、あぁ。でも荷物っ……」

「牧に預けとけ、」

「はいはーい。じゃ楽しんできてね~」

「あっ、りがとうございます」



降りて車内を覗き込むように腰を屈めた、けど勢いよくドアを閉められて風圧でふわりと前髪が揺れた。



「あぶな……」



文句の一つでも言おうと翔太に向き合ったらさっきの照れ隠しの不機嫌さとは別の苛立ちが見えて最後まで声に出すことができなかった。
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