マーメイド・セレナーデ
店の裏口を出て、両手を空に突き上げてぐっと伸びをした。
立ちっぱなしで強張った身体を解すようにぐぐぐっと伸びて、そのまま力を抜いて両手を重力に任せるまま下ろした。

んー今日も働いた。買い物にでも行こうかな。

肩を上げ下げしながら、一歩を踏み出す。
どこのお店に行こうか、迷いながらも足だけ進めて。

店の新作はすでに買った。
ブーツにスカート。
買いたいものが沢山ある。


あまり時間がない中で、4店梯子して、ショップバッグを両手に提げる。


お店からは徒歩で来れる距離だけど、なんだか足に違和感を覚えるほど歩いた気がする。

帰ったらお風呂に浸かってのんびりしたいわ。
もう、気持ちは家に向いていたのに。あれを見て、ふと立ち止まる。



「あ、家探すんだったわ」



不動産の大きい広告が目に入って、ふと言葉が零れた。

そして、雑踏の中、あたしの耳に真っ直ぐ届いた声。



「真知、」



聞きたくて、聞きたくなかった、……翔太の声。
振り返りたくなんてなかった。
< 57 / 302 >

この作品をシェア

pagetop