マーメイド・セレナーデ
「真知、な」

「なんて言えばいい、は聞き飽きたわ。もっとわかりやすく言って」



翔太の斜め前をあごで促されるままに座って、あたしは少し落ち着かない。
この家に来たって、違いを思い知るだけで、逃げたくなる。

ベースに飲まれないように、突っぱねて。
翔太があたしにどうしてほしいのか、なんて理解しようと思わない。



「………どう言ったらわかんねえから言ってんだ」

「早く、……帰りたいの」



これ以上、惑わされたくない。
翔太のそんな声、聞いていたくない。



「………引っ越しすんのか」

「な、なんでそれ」



一言もこいつには言ってない、のに。
それどころか思い付いたのは最近だ、なんで。


いつもそうだ、あたしのことはなんでも翔太にばれてしまう。

翔太の手の届かないところに、行きたい。
翔太のことなんて考えたくない。考えなくてもすむ場所に。


冷めたココアはもう美味しくなかった。
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