御曹司様はあなたをずっと見ていました。
「裕子ちゃん、梨沙ちゃん、送別会遅くなってごめんね。まずは、乾杯。」
ここは同期入社の私達が、何かあると集まる居酒屋だ。
久しぶりに会う懐かしい顔ぶれにほっとする。
乾杯の音頭を取ったのは、同期入社で営業に配属された、一条 純也(いちじょう じゅんや)だ。彼は今では営業部のエースと呼ばれ、ルックスも爽やかで女子には人気の男性だ。
私は、今日の御礼を言おうと、一条君に話し掛けた。
「一条君、今日は急にお願いしたのに、集まってくれてありがとう。」
「こっちこそ、送別会が遅くなって悪かったな。」
以前と変わらない爽やかな笑顔だ。
「そうだ、梨沙ちゃんって高宮さんと結婚したんだって?会社内で噂になっているよ。」
「う…うん。本当のことだけど…そんなに噂になっているの?」
確かに高宮さんは、社内では有名人である。
その高宮さんが結婚したとなれば、話題になるのは仕方のない事だろう。
「本当なんだ…。」
その時、一条君がポツリと小さな声をだしたのだ。
さらに、先程までの爽やかな表情は消えて、なぜか怒っているような表情をしたのだ。
「一条君、…どうしたの?」
「…いいや…別に何でもないよ。おめでとう梨沙ちゃん。」
そこに裕子が近づいて来た。
「梨沙、一条君、なにしてるの、みんなが梨沙の話聞きたいと言って待ってるよ。」
裕子は皆の方へと私の手を引っ張った。
私は話の途中だった一条君の顔を見るように振り返ったが、一条君は少し寂しげな表情を浮かべているように見えた。
しかし、皆の方へ行っておいでと言わんばかりに手を振ったのだった。