御曹司様はあなたをずっと見ていました。
「梨沙!大丈夫!…何があったの?」
裕子は私の肩を抱くようにして心配そうな表情を向けた。
「裕子、ありがとう。私は大丈夫だから心配しないで…データを勝手に開いたという疑いを掛けられちゃった…なんか情けないよね。」
「…梨沙。」
裕子は床に散らばった私の物を拾い集めてくれている。
私は悔しさや悲しさが混じり、体が震えそのまま立ち尽くしていた。
その時、私達の後ろから細谷主任が大きな声を出した。
「これはどういう事だ!佐々木さんに何をしている。」
細谷主任の声を聞き、由香里はいきなり表情を戻して可愛い声を出した。
「細谷主任、ご存じだと思いますが…データが盗まれた件で、犯人が佐々木さんか神谷さんじゃないかと言うことになって…皆が佐々木さんと神谷さんを疑って調べているんです。」
由香里は、さも他の人が言っていると言わんばかりに、私と神谷さんが疑われていると、細谷主任に伝えたのだ。
しかも、先程とは全く違う声と表情をして、可愛い自分を演出しているのだ。
由香里は恐い女性だ。
しかし、細谷主任は無表情で由香里に話し始めた。
「佐々木さんのパソコンから、データにアクセスがあったことは皆も知っているが、なぜ君は盗まれたと思っているのかな?…それとも何か知っているのか?」
由香里はいきなり顔色を変えた。
由香里の顔から笑顔が消えて怯えたような表情になったのだ。
しかし、由香里は細谷主任に向かって大きな声を上げた。
「なぜ、私が疑われるのですか?それなら、神谷さんはもっと怪しいですよね…今ここに居ないじゃないですか。」
すると、少し遅れて神谷さんと秘書の赤沢さんが一緒に事務所に入って来た。
神谷さんは由香里の目の前まで進んで話し始めた。
「僕を疑っているのですか?あなたはどこまで腐っているのかな。」
由香里は神谷さんに向かって怒りの表情を向けた。
「あなたなんかに言われたくないわ…皆からモサ男と言われている、あんたになんて、私は話し掛けられたくないのよ。」
神谷さんは、由香里に向かってクスッと笑った。
「あなたは見た目だけで人を判断するのですね…だから利用されるのですよ…バカな男にね。」
「な…な…何を言っているのよ!」
すると神谷さんは、静かに眼鏡を外した。
そして目を隠すほどの前髪を書き上げて額を出すように手櫛で整えたのだ。
その姿に、まわりからどよめきが起こった。
由香里はその様子を見ると、これ以上は無いというほど大きく目を見開いて驚いている。
「た…た…高宮…専務!」
神谷さんはさらにワイシャツの中からお腹に入れていたクッションのようなものを取り出した。
その姿はまぎれもなく高宮専務だったのだ。
「君は気が付かなかったのかな?…た…かみやしんいち…ろう。が僕の名前だ。」
高宮進一郎の高と郎を取ると、かみやしんいち、となる。
神谷進一は高宮専務が変装した姿だったのだ。
由香里はそのまま床に力なくペタンと座り込んでしまった。
まるで、魂が抜けたような表情だ。