御曹司様はあなたをずっと見ていました。

高宮専務は力なく床に座る由香里の前で話し始めた。

「僕たちはね…昨日、ある病院の医院長に会って来たんだ。すると不思議な事に、まだうちの会社が発表していない研究データがあることを知っていたんだ。そして、向こうから新薬の共同開発を申し出て来た。しかし、医院長はそのデータの研究自体が、まだ社外に発表していないということは、本当に知らなかったようだったよ。…木下さん…なんでだろうね?」

すると、由香里は俯いてふるふると体を震わしたのだった。
さらに高宮専務は、少し強い口調で言葉を続けた。

「木下さん、医院長の息子に何を言われたんだ?息子がこの研究データの話を持ってきたと医院長は言っていたよ…もう、あなたがデータを盗んだことは分かっているんだ…息子は何と言ってあなたにデータを盗ませたんだ。」

由香里は小さな声で怯えたように話し始めた。

「医院長の息子さんとは、合コンで知り合いました…そこで、もしうちの会社の新しい研究データを持ってきたら…私と結婚してくれるって約束して…だから…しかたなかったのよ…悪いのは全部あの男だわ!!」

高宮専務はゆっくりと息を吐き、由香里の頭に手を置いた。

「可哀そうに…君は騙されていたんだよ…医院長の息子は来月結婚式をするそうだ…」

由香里はその言葉を聞くと、いきなり高宮専務に向かって、叫ぶような声を出したのだ。

「嘘よ!…そんなの…全部嘘よ…だって彼は私と結婚してくれるって…本当よ!」

高宮専務は由香里に向かって大きく首を振った。
さらに、横にいた秘書の赤沢さんが話し始めた。

「残念ですが、高宮専務宛てに結婚式の招待状が届いております。」

由香里はその場で崩れ落ちるように床に手をついた。
さらに、床に顔をつけて泣き出してしまったのだ。

私はその姿を見ていられず、思わず由香里の背中をゆっくり摩った。
そして、高宮専務と赤沢さんの方を向いた。

「あの…木下さんがしたことは、許されない事だと思います…でも…もし、大きな事になっていないのならば、警察には言わないであげてもらえますか…。」

すると、高宮専務は驚いた表情をした。

「君は彼女に酷い事をされたのに…彼女を庇うのか…なんてお人好しなんだ。」

「…そうですよね…お人好しの馬鹿だと思います…でも木下さんは悪い子では無いのです。口では強がりを言っても頑張り屋さんの彼女を知っています…だから…。」

高宮専務は少し呆れたように天井を見上げた。
そして少しして話し始めた。

「確かに医院長は深く謝罪してきたよ…まだ、大きな問題にはなっていないのも事実だ。…佐々木梨沙さん…君に免じて、警察には言わないことにしよう。…しかし、木下さんには辞表を書いてもらうよ…まあ、関連会社には手配するから、よければそこで働いてくれ。」

由香里は涙を床に落としながら、小さな声を出した。

「高宮専務…ありがとうございます。…佐々木さん、ごめんなさい…こんな私のために…ありがとうございます。」


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