御曹司様はあなたをずっと見ていました。


「佐々木さん、今日は行きつけの日本料理店に予約をしたんだ。個室だし、女将も良く知っているから、緊張しなくて大丈夫だよ。」


“カコーン”

鹿威しが、耳に心地よい音を響かせている。
いかにも手入れの行き届いた見事な日本庭園。
ライトに照らされ、少し色づきはじめた葉が浮かび上がっている。

ここは都内でも有数の料亭だ。
もちろん来たことは無いが、名前なら多くの人が知る老舗の料亭。

高宮専務は行きつけの店と言っていた。
やはり高宮専務とは住む世界の違いを感じてしまう。

部屋まで案内してくれたのは、50代くらいの美しい女将だ。
女将は高宮専務に話し掛けた。
とても優しそうな笑顔だ。

「進一郎さんが女性を連れて来るなんて、初めてじゃないかしら…なんだか嬉しくなってしまうわ…私は自称、第二の母ですからね。」

「女将、…恥ずかしいから、そういう事言わないでください。」

私は少し意外に感じていた。
これだけ眉目秀麗で御曹司の彼がモテないはずがない。
それなのに、女性を連れて来るのが初めてとは驚きだ。

「佐々木さん、驚いた顔しないでくれ…実はここは僕が小さい頃から来ているところなんだ。女将には、いろいろ社会の事を教えてもらったんだ。本当に第二の母みたいなんだよ。だから本当に大切な人しか連れてこないんだ。」

「そ…そんな、大切なところに私を連れて来てくださったのですか…なんだか申し訳ないです。」

すると、高宮専務はクスッと笑った。

「…そういうところが、佐々木さんの悪い癖だな…まぁ、謙虚過ぎるところも佐々木さん…いいや…梨沙の良いところだけどね。」

高宮専務から、突然“梨沙”と名前で呼ばれて、心臓がドクンとした。
家族以外の男性から、“梨沙”と呼ばれたのは初めてだ。

「高宮専務…あの…」

私が言葉を出した時、高宮専務がそれを遮るように話し出した。

「会社外で専務はいただけないね…僕も名前で呼んでくれない?僕の名前は知っているよね?」

「し…し…しん…いちろうさん…ですよね。」

すると、進一郎さんは満足気に微笑んだ。

「まぁ…合格かな。でも梨沙に名前で呼ばれると、なんか嬉しいな。」


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