御曹司様はあなたをずっと見ていました。
「佐々木さん、第二研究室のデータは、もうまとまっているかな?」
私に声をかけたのは、私の所属チームのリーダーである 細谷 彰人(ほそや あきと)主任だ。
細谷主任は私の5つ上の29歳。
いつも冷静で仕事には厳しいが、長身ですっきりとしたイケメンである彼は、女性達からかなりの人気である。
しかも、彼は独身であるため、狙っている女性は多いと聞いている。
「はい。細谷主任、研究データは処理済みです。」
すると、細谷主任は同じチームの木下 由香里(きのした ゆかり)にも声を掛けて、自分と一緒に二人とも会議室に来るようにと言ってきた。
由香里は私より一年後輩の女性。
根は悪い子ではないのだが、少し我儘なうえに、自分にかなりの自信を持っているようだ。
確かに由香里はクルリとした丸い瞳に、ふわふわした童顔の可愛い女性だ。
自慢のセミロングを毛先だけクルリとカールさせて、毎日のメイクにも余念がない。
睫毛を2、3本ずつマスカラで固めて上向きの整ったカール睫毛は芸術さえ感じる。
しかし、その可愛らしい風貌からは想像できないような、はっきりした物言いには私も驚かされる事がよくあるのだ。
細谷主任の後に続き、私達が会議室の中へ入ると、そこには一人の男性がポツンと座っていた。
その男性は見るからに、しわしわでヨレヨレのだらしないスーツに、分厚いレンズの大きな黒縁の眼鏡。
髪は前髪が長く、ボサボサで目元まで隠れている。
眼鏡と前髪で殆ど顔は見えていない。
背は高そうだが、妙にお腹だけがポッコリとした、おじさん体系をしている。
少し俯いた座り方で、おまけに猫背で見るからに暗そうである。
すると、細谷主任は私と由香里を交互に見て微笑んだ。