御曹司様はあなたをずっと見ていました。
それから数日後、今度は私が進一郎さんのご家族に挨拶することが決まったのだ。
しかし、驚くような出来事は、この時から始まっていた。
進一郎さんは、ご挨拶に行く服装や身だしなみに、悩んでいた私の心が読めていたように、服や持ち物一式を揃えて、プレゼントをしてくれたのだ。
後で分かった事ではあるが、服や持ち物のプレゼントは秘書の赤沢さんからの提案だったようだ。
仕事のできる秘書は、プライベートにも完璧なフォローなのだと感じてしまう。
それは進一郎さんのご家族へ、挨拶に伺う前日の事。
突然、頼みたい仕事があると、業務中に呼び出された私は、なぜか進一郎さんと一緒に社用車に乗ることとなった。
すると、驚いたことに到着したのは、いかにも高級に見えるブティクだったのだ。
訳も分からず店内に入ると、進一郎さんの友人だという美しい女性が、私に合わせて服や持ち物を選んで持ってきてくれたのだ。
清楚で可憐な雰囲気だけれど、どこか洗練された紺色のワンピースや、控えめだけれど品の良い靴とバック。
なぜか、すぐに試着するよう促され、用意されたものを身に着けてみた。
「梨沙…とても綺麗だよ。なんだか他の人に見せるのが勿体ないくらいだな。」
ブティックの女性が、いつの間にか試着室の目の前に、進一郎さんを呼んでいたのだ。
お世辞かも知れないと思いつつも、進一郎さんに言われると、心臓がドクンと跳ねあがる。
甘い言葉もカッコよく言えてしまうのは、イケメンの成せる業なのだろう。
「進一郎さん、これはいったい…どういう事でしょうか?」
「梨沙、明日うちへ挨拶に来てくれるとき、この服どうかな?…梨沙にプレゼントしたいんだ。」
「…進一郎さん、とても嬉しいですが…そんなにまでして頂くと…私はどうしてよいのか…。」
私はその代金を、自分で払うと申し出たが、僕に恥をかかせないで…と全てをプレゼントしてくれたのだ。
よく映画や小説では見かけるシーンだが、こんなことが自分に起きるなんて、考えてもみなかったことだ。
夢のような出来事が、現実に起きてしまっているのだ。
なんだか、地味に生きてきた私には、少し恐いと思ってしまうほどだった。
ご挨拶の当日は、進一郎さんが私の自宅まで迎えに来てくれた。
私の家は祖父母が建てた、古い日本家屋だ。
全体的に小じんまりとしているが、小さな庭もあり、私はとても気に入っているのだ。
今の季節は玄関の周りに植えてある金木犀が、とても柔らかい香りを漂わせている。
「…梨沙、とても落ち着くお家だね…金木犀の香りは梨沙に似合っているよ。」
進一郎さんの言葉に思わず頬が熱くなる。
「…はい。小さい家ですが、おじいちゃんとおばあちゃんが大切にしてきた家なんです。ここには、私の思い出がたくさん詰まっているのです。」
進一郎さんは微笑んで頷いた。
「進一郎さん、今日は服装や持ち物も全て揃えてくださり、感謝しています。…それに、家まで迎えに来ていただけるなんて、バチが当たりそうです。」
すると、進一郎さんはハッハッハッと大きな声で笑った。
「バチが当たるとは…梨沙は本当に面白いな…僕の選んだ女性はとても素敵だ。」
進一郎さんはスポーツタイプの白い高級車の助手席のドアを開けた。
「未来の奥様、どうぞお乗りください。」
進一郎さんはふざけて言っているようだが、未来の奥様なんて言われると、心臓が大きく鳴り出し、顔がさらに熱くなる。