御曹司様はあなたをずっと見ていました。
新会社設立
「梨沙、僕の新しい事務所に来てみるかい?」
「もう、事務所もあるのですか。」
「事務所と言っても、僕の家の一部を事務所代わりに使っているんだ。」
海の見えるウォーターフロントに建つマンション。
超高層で、下から見上げると上層階は雲の中にあるようにも見える。
窓ガラスが太陽の光を矢のようにまっすぐ跳ね返し、美しく光っている。
その眩しさに目を細める。
ガラスの自動ドアを進みマンションの中に入ると、豪華なフロントロビーには、ホテルのようなコンシェルジュが立っていた。
「梨沙、ここが僕の住居兼オフィスなんだ。」
マンションの最上階、部屋に入ると広々としたリビングが開けていた。
部屋の真ん中には螺旋階段があり、もう一つ上の階もあるようだ。
ベランダに目を向けると、陽当たりの良いルーフテラスになっている。
「ここの奥にオフィスとして使っている部屋があるんだ。…僕は上の階で寝起きしている。」
「すごく…素敵なお部屋ですね…素敵すぎて緊張します。」
すると、進一郎さんは笑顔で私の頭に手を置いた。
「梨沙らしくて可愛いな…ちっとも昔と変わらないな…」
「…っえ?」
昔とはどういうことなのだろうか、進一郎さんに会ったのは、神谷さんに変装してデータセンターに来た時が初めてのはずだ。
「梨沙は覚えていないと思うけど…見せたいものがあるんだ。」
進一郎さんは私を残して、上の階へと階段を昇った。
一人になり、周りをみわたすと、黒で統一された家具がお洒落に並んでいる。
そして、気づくと当たり前だが、部屋の中は進一郎さんの香りがしていた。
シトラスの爽やかな香りだ。
なぜか、心臓がうるさく鳴り始めた。
少しして、進一郎さんは手に何かボールのような物を持って戻って来たのだ。
「進一郎さん、それは野球のボールでしょうか?」
少し日焼けして古い感じのする野球ボールのようだった。
「うん、そうだよ。…梨沙、君のお爺ちゃんは昔、少年野球の監督をしていなかったかい?」
確かに進一郎さん言う通りだったのだ。
亡くなったおじいちゃんは、高校球児で甲子園に出場もしていたのだ。
仕事に就いてからは、草野球程度だったが、知人に頼まれて休日には少年野球の監督をしていたのだ。
「進一郎さんは、野球チームにいらしたのですか?」
しかし、進一郎さんは首を横に振った。
「僕は、家が厳しくてね…野球チームに入れてもらえなかったんだ。ただ、時間があると君のお爺さんが監督をしている野球チームの練習を見に行っていたんだよ。」
「…そうだったのですか。」
「梨沙はよくお爺さんと練習に来ていたよね…そして僕がじっと練習を眺めているときに、小さな女の子がボールを持って来て僕に渡してくれたんだ。…そして、自分へ投げろと構えて見せてくれたんだよ。」
「…それって、まさか…私ですか!」
「その女の子にボールを投げたら、思った通りに取れないんだ。すると女の子は僕の手を引いて、練習しているみんなの所に連れて行ってくれたんだ。監督も笑顔で僕を練習に混ぜてくれた。…それからというもの、時間があれば練習に混ぜてもらったんだ。楽しくて行くのが楽しみだった。…しかし、父に見つかってしまってね…それからは行かれなくなってしまったんだ。」
「そんなことが…あったなんて。」
「少しして、一度だけ練習を見に行った時にね…女の子は、このボールを僕に持ってきてくれたんだ。そして“あげる”って言って笑顔を見せてくれたんだよ。僕の気持ちになんとなく気づいてくれたみたいにね。」
進一郎さんの話には驚きしかない。
まさか、私が幼い頃、進一郎さんに会っていたなんて思ってもみない事だ。