御曹司様はあなたをずっと見ていました。
ここは、白鳥財閥当主 白鳥京一郎(しらとり きょういちろう)の邸宅。
京一郎は京香さんの父親だ。
張り詰めたような空気の日本家屋。
寸分の乱れもなく描かれた庭の枯山水。
そこに紅葉が水に浮かぶ葉のように景色をつくっている。
広々とした畳の客間に通され、私達は無言で用意された座布団に座る。
冷たい空気の中、正座をして姿勢を正すと、緊張感で身が引き締まるようだ。
少しして襖が空気を切るような音を立てて開けられた。
ゆっくりと中に入って来たのは、白鳥京一郎と京香の二人だ。
二人は何も言わずに私達の前に座った。
最初に口を開いたのは、京一郎だ。
「高宮君、よく来てくれたね…というより、よく来れたものだね。」
分ってはいたが、厳しい物言いから始まった。
京香さんは、無言だが片方の口角を上げて、不敵な表情をしている。
進一郎さんが話しを始めた。
「僕のことは、それが本当でも、嘘だったとしても、何を言って頂いても構いません。…しかし、高宮の経営する会社は別物です。どうかお考え直し頂けないでしょうか。」
京一郎は、不快な表情をした。
「偽りだというのか…京香を辱めておきながら、よく言えたものだな。」
「口答えはしたくありませんが、私は京香さんに対して何もしておりません。ただ、縁談はお断りさせていただきました。」
すると、京香さんは急に大きな声を出した。
「お父様、この男は嘘を言っていますわ…それに、そこにいる女も、進一郎さんを誑かした女だわ…よくも私の前に出てこられたわね。私はあなたよりもずっと前から進一郎さんを知っているのよ。」
なにも言わずにいるつもりだったが、私は思わず口を開いた。
「私は進一郎さんを、幼い頃から知っていたようです。」
京香さんは、顔を赤くして興奮しているのが分かる。
「なにを、ふざけたことを言っているの…あなたと進一郎さんが幼い頃に会っているわけないわ。」
進一郎さんが静かに話し始めた。
「梨沙は嘘なんか言っていない。僕は幼い頃に少年野球チームを見に行っていたんだ。そこで梨沙に会っているんだ。梨沙は僕を暗闇から明るい世界へと連れて行ってくれた少女だったんだ。」
京香は肩で息をするほど、怒り心頭に発した様子だった。
京一郎は眉間に皺を寄せ目を閉じたままだ。
息も出来ないほどの緊張が走る。
京香は下を向いて、何かぶつぶつと小さな声を出し始めた。
何か狂気を感じるオーラが京香を包んだように見えた。
すると、次の瞬間、京香は持っていた小さなポーチから、刃渡り10センチくらいのペーパーナイフを取り出した。
そして、進一郎さんの顔を見ながら真っ直ぐに進一郎さんへと向かってきたのだ。
私は咄嗟に進一郎さんを庇う様にして、京香さんと進一郎さんの真ん中に入って進一郎さんを逃がそうとしたが、間に合わない。
そして、進一郎さんをハグするように庇ったので、京香さんに向けた背中に大きな衝撃を感じた。
それは痛いのではなく、熱く何かが背中に勢いよくぶつかったような感覚だった。
しかし、その直後何故か息が苦しくなった。
すると、お茶を出すために部屋に入っていた、メイドの女性が「キャーッ」と叫び声のような大きな声を出したのだ。
「キャーッ…な…な…ナイフが…背中に…刺さっている。」
ナイフが刺さっているという声が耳に響いてきたのだ。
背中に嫌な温かさを感じて、床をみると私をつたって血液が流れ落ちている。
しかし、その後すぐに頭が真っ白になり、私はその場で倒れてしまったようだ。