御曹司様はあなたをずっと見ていました。

おばあちゃんのお見舞いを終えた私は、自宅へと向かった。
進一郎さんの仕事を手伝うようになってからは、なにかと忙しく、自宅へは寝る事と着替える事の為だけに帰るという生活だった。

しかし、いつも玄関をあけると、畳や木材の香りなのだろうか、古い家独特のやさしい匂いがする。
私の大好きな匂いだ。
よく皆が言う、“おばあちゃん家の匂い”というものだろうか。
家に帰って来てこの匂いを嗅ぐと、なぜかホッとする香りなのだ。
そして、仏壇に飾られた両親の写真に手を合わせる。
両親の笑顔と、お線香の香りに癒される。

しかし、今日はゆっくり寛いでいる場合では無かった。
引っ越しの荷造りをするのだ。
以前に進一郎さんが提案してくれたように、進一郎さんのマンションに住むことになったのだ。
職場の上の階が自宅なんて、忙しい時にはこんなにも有難いことは無い。
引っ越しと言っても、この家はそのままにしておく予定だし、進一郎さんも賛成してくれている。
自分が使う荷物のみを纏めに来たのだ。

着替えの服、そして毎日使う化粧品や日用品だけを荷造りすることにした。
すると、以外にコンパクトに収まり、大きなスーツケース2つで収まったのだ。

少しして、進一郎さんが荷物を取りに迎えに来てくれた。

「梨沙、荷物を運ぶために、知人から大きな車を借りて来たのだけど、どこに荷物はあるの?」

進一郎さんは、大きなワンボックスカーを借りて迎えに来てくれていた。

「ええと…玄関に出してあるスーツケース2つです。」

進一郎さんは、その荷物を見て一瞬戸惑ったように沈黙したが、少しして口を開いた。

「梨沙…荷物少ないけど…洋服とかこれで大丈夫なのか?」

考えてみたら、今までは通勤とお見舞いくらいしか用事が無かった。
出掛けるのも、裕子などの親しい友人と食事くらいだ。
しかも、あまりファッションにこだわりのない私は、そんなに服も持っていなかったのだ。

「…はい。これで十分足りていたので…問題ないかと…。」

すると、進一郎さんは何か思いついたような表情をする。

「梨沙、…じゃあ、荷物を運ぶから、君は車に乗ってくれ。」



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