御曹司様はあなたをずっと見ていました。


進一郎さんは運転席に乗り込むと、いつものように細い縁取りの眼鏡をかけた。
すでに、何度もこの姿を見ているのに、なぜかこの横顔にドクンと心臓が鳴る。

「梨沙、ちょっと寄り道しても良いかな?」

進一郎さんはそれだけを言うと、無言で車を走らせた。
車は街の中を走り、なぜか高級なお店が立ち並ぶエリアを走っているようだ。

すると、進一郎さんは、路上に設置されたパーキングメーターの前に車を停車させたのだ。
周りを見渡すと、以前に来た覚えのある場所だ。

車を降りて、あるブティクの前に近づき思い出した。
ここは以前に、進一郎さんのお家へ挨拶に伺う事が決まり、連れて来てもらったブティックだ。

ワンピースや持ち物等をすべて揃えてもらったお店だ。

ブティクの中に入ると、前回も対応してくれた美しい女性が笑顔で近づいて来た。

「いらっしゃいませ…少し前に、高宮君から電話が来て、急ぎだって言うから驚いたわ…でも、私に任せてちょうだい…これでもスタイリストとして、少しは有名なのよ…梨沙さん、さぁ、中に入ってね。」

「美月(みつき)いつも無理言って悪いな…梨沙を頼むよ。」

「高宮君が私にお礼を言うなんて珍しいわね。」

その美しい女性は、美月さんというらしい。
進一郎さんとは、かなり親しいように感じる。

私はよく意味も分からないままに、ブティクの奥へと案内された。
もちろん進一郎さんも一緒に付いて来てくれる。

ブティクの奥は、恐らくビップルームなのだろうか、豪華なソファーが置いてある、お洒落な部屋になっているのだ。

そして驚いたのは、すでに沢山の洋服がハンガーラックに用意されていたのだ。
進一郎さんは、分かっていたように落ち着いている。

すると、美月さんは私の方を向いて微笑んだ。

「この前、お会いした時の、あなたの雰囲気や、サイズで選んでみたのよ…どうかしら、試しにどんどん試着してみてね。」

(…なぜ、私が試着するのだろう…)

恐るおそる進一郎さんに聞いてみることにした。

「あの…進一郎さん、これはどういう事なのでしょうか…なぜ、私が試着をするのですか?」

すると、進一郎さんは口元を隠して少し恥ずかしそうにした。

「これは…その…梨沙があまり洋服を持っていないようだったから…プレゼントしたくて連れて来たんだ。」

「そ…そんな…私はそんな贅沢できません。」

「僕は…初めてなんだ…今まで女性にプレゼントをするのが、面倒で仕方なかったのだけど…梨沙にはいろいろしてあげたいんだ…だから、黙って受け取って欲しい…僕の我がままだ。」

美月さんはその話を聞いて、呆れたように大きく手を広げた。

「まったく呆れたもんだわ…今までは嫌々ながら私にプレゼントを選ばせていたのにね…このブティクの奥の部屋に、来たのさえも初めてでしょ?…男は惚れた女に弱いのよね…。」

私はその話を聞いているうちに、顔が爆発するくらい熱くなっている。

「そんな…私になんて勿体ないです…。」

私はそれから何着試着したのか分からないほどだった。
どれも素敵な服ばかりで恐縮してしまう。

美月さんは、私の反応を見ながら、服を選別していく。

「ええと…通勤に使えるタイプを数着と…プライベート用とお出かけ用と…高宮君とパーティーに行くかも知れないから、ドレスも数着用意して…」

「あの…そんなにして頂いては…困ります。」

すると、進一郎さんは真剣な顔で私を見た。

「これは、さっきも言ったけど、僕の我がままで、貰って欲しいんだ。…黙って受け取って欲しい。お願いだよ、梨沙。」

私は今まで、こんなにも高級なお店に来ることも無かった。
進一郎さんと親しくなってから、私の世界が一変してしまったように思える。

昔、夢中で読んでいた、シンデレラの物語のようで怖いくらいだった。


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