御曹司様はあなたをずっと見ていました。
その日の昼休み、事件が起きてしまった。
昼食はいつも同期入社で友人の 西村 裕子(にしむら ゆうこ)と一緒にお弁当を食べている。しかし、今日はちょうどお弁当を持ってきていなかった。
私は裕子に一緒のランチを今日は断り、神谷さんを社員食堂へと案内して一緒に昼食を摂ることにした。
ちょうど12時ということもあり、社食はかなり混雑している。
うちの会社の社食は麺、パスタ、定食などで注文する窓口が別々になっている。
メニューは日替わりで、社食としてはけっこう充実しているほうだと思う。
製薬会社ということもあり、ダイエットや体調に合わせたメニューなども用意されている。
「神谷さん、何を召し上がりますか?私はパスタにしようと思うのですが…。」
すると、神谷さんは俯きながら小さな声を出した。
「僕は…定食にします。」
「神谷さん、それでは、きっとパスタの方が早く出来上がると思います…先に席を取っておきますね。」
その日のメニューにもよるが、パスタは盛り付けるだけだが、定食はおかずやご飯、お味噌汁などそれぞれを選ぶので少し時間がかかるのだ。
パスタをトレーに乗せて、神谷さんのいる定食のコーナーに振り返ると、まだ数名の人が並んでいる。
やはり予想の通りパスタを選んだ私の方が先に出来上がった。
私は空いている席を探すため、社食内を くるりと見渡した。
社食は半円形で窓が大きく、窓から見えるのは、会社の中庭で四季折々の花が植えられている。
そのため、窓側の席は人気ですぐに埋まってしまう。
しかし、窓側でちょうど早く食べ終わった人たちが、立ち上がろうとしていた。
私は急いで、そのテーブルの場所取りをする。
思いがけず、窓側の4人掛けテーブルに場所を取ることが出来たのだ。
しばらくすると、神谷さんが定食を持って歩いている姿を見つける。
私は神谷さんにわかるよう大きく手を振った。
「神谷さん、こっちです!」
神谷さんは4人掛けのテーブルで私と向かい合うように座った。
「頂きます!」
私が手を合わせて食べ始めようとした、その時だった。
神谷さんのちょうど後ろの席の女性が、チラリとこちらを見たのだ。
そして、その女性は立ち上がると、わざとらしく神谷さんにぶつかったのだ。
さらに驚いたのは、こともあろうに水の入ったコップを持っており、神谷さんの頭の上から水をこぼしたのだ。
「か…神谷さん!大丈夫ですか?」
私があわてて神谷さんに自分のハンカチを差し出すと、神谷さんは首を振り自分のポケットからハンカチを取り出した。
綺麗にアイロンがかけられたハンカチだ。
水をこぼした女性は、謝るどころか口角を上げて笑っている。
「あらぁ…ここに人が居るなんて気が付かなかったわぁ…暗すぎて見えなかったみたいね…でもボサボサの髪だから水が付いてちょうど良いじゃない?」
私はその女性の態度に怒りお覚え、フルフルと震えながら立ち上がった。
「何をするのですか!…神谷さんに失礼です。謝ってください。」
すると、女性の攻撃が私のほうに向いたのだ。
「嫌だわぁ…恐い顔して…あなたはデータセンターで細谷さんのチームでしょ?素敵な細谷さんのチームなのに、恐い女性とモサ男なんて…細谷主任が可愛そうね。」
「…なっ…何を…」
私が何か言い返そうとした時、神谷さんは私を止めるように声を上げた。
「僕のことは何とでも言ってください。でも佐々木さんの悪口は止めてください。」
神谷さんの思いがけない言葉を聞いたその女性は、少しだけ気まずそうな顔をしたが、向きを変えるとさっさと歩き出し、何事も無かったように行ってしまうではないか。
(…何なの…あの人…嫌な感じ!…)
後で分かったことだが、その女性は私達のチームリーダーである細谷主任のファンだったようだ。
近くにいる私達が羨ましかったのだろう。
そういえば以前に裕子から聞いたことがある。
細谷主任を狙っている女性たちは、同じチームの私達を良く思っていないようだ。
普通に話をしている私のことも、細谷主任の気を引こうとしている…と言いがかりをつけているらしい。
まったく迷惑な話だ。
神谷さんは、眼鏡の水滴を取ろうとして眼鏡を外した。
…その時!
「…っえ!」
私は思わず声をあげてしまった。
俯いてはいたが、眼鏡を外した神谷さんの顔を見て驚いたのだ。
高く整った鼻筋に、髪の隙間から見える切れ長の美しい二重の目、少し薄い唇も良く見ると形が良い。
はっきりとは見えないが、神谷さんはかなり整った顔をしているように見えたのだ。
私の驚いている気配に気づいた神谷さんは、急いで眼鏡を顔に戻した。
「佐々木さん、どうかされましたか?」
「…い…いいえ。」
咄嗟になんと答えて良いのか分からなかった。
眼鏡の下の顔がこんなにも違う人がいるのだろうか。