御曹司様はあなたをずっと見ていました。
ウェディングドレスを選び終えて、ブティックを出た私達は、食事に向かうはずだった。
しかし、自分で車を運転している進一郎さんは、なぜか街から少し離れた場所まで車を進めている。
そして、辺りを見回し何かを確認すると、進一郎さんは車を止めて微笑んだ。
「さぁ、着いたよ。梨沙、車を降りて。」
進一郎さんは車を降りるように言うが、もう日が落ちており、辺りは薄暗く寂しい場所のようだ。
半信半疑で車を降りると、進一郎さんは私の手を引いて、小高い丘のような所へ登りだした。
「進一郎さん…いったいどこへ?」
しかし、振り返った進一郎さんは、口角を上げて悪戯な表情をするが、なにも教えてくれない。
そして、スマホを手に持った進一郎さんが、どこかへ連絡をしたようだ。
次の瞬間、眩しいライトが一斉に点灯して辺りを照らしたのだ。
そこに見えて来たのは、土でできたグラウンドのようだ。
よく見ると、ここは草野球などを行う野球場のようだった。
進一郎さんはゆっくりと私の手を引いてグランドに降りる。
「梨沙、この野球場に見覚えは無い?」
進一郎さんに言われて、辺りをくるりと見渡すと印象的な大きな鉄塔が見えた。
すると、私の頭の中に懐かしい風景が浮かんできたのだ。
「進一郎さん、ここは…お爺ちゃんと一緒に来ていた…グラウンドですよね。」
進一郎さんは笑みを浮かべて大きく頷いた。
そして、私の瞳を見ながら、ゆっくりとポケットから小さな箱を取り出したのだった。
「梨沙、ここは僕と梨沙が初めて出会った野球のグラウンドなんだ。…だからここで正式に伝えたかったんだ。…梨沙、僕と結婚してくれるかい?」
進一郎さんは持っていた箱を空けて私に見せた。
そこにはライトに反射して輝く石のついた指輪が入っていた。
「進一郎さん…ありがとうございます。嬉しいです。」
その時、大きな爆発するような音とともに花火が上がってのだ。
花火はひゅるひゅると音を出しながら上がると、大きな花を夜空に咲かせたのだった。
花火は次々と上がり、夜空を明るく照らしている。
「梨沙、僕はここで君のお爺様にも誓うよ…梨沙を必ず幸せにします…とね。」
私は思わず涙が込み上げて、ポロポロと頬を流れ出した。
進一郎さんは、涙を優しく親指で拭うと、私を自分の胸に抱き寄せた。
強く抱きしめられた腕の中で、進一郎さんの心臓の音が聞こえて来る。
「…梨沙」
名前を呼ばれて返事をしようと顔を上げると、進一郎さんの口づけで言葉がふさがれた。
「…ん…んん」
驚いて離れようとするが、進一郎さんにしっかりと抱き締められているため、動くことが出来ない。
長いながい口づけにクラクラと眩暈がしそうになるが、ずっとこの時間が続いて欲しいと思ってしまう自分がいる。
ゆっくりと離れた進一郎さんの唇を見つめた。
「梨沙…そんなに僕を煽らないで…もっとキスしたいけど続きは二人きりになってからだね。」
考えてみればここは外で、グラウンドの真ん中だ。
周りに目を向けると、花火を打ち上げてくれた人たちや、たまたま通りかかった人たちがこちらを見ているではないか。
しかし、誰かが拍手を始めると、それにつられる様に皆が拍手を始めたのだ。
「おめでとう~!」
「お幸せに!!」
グランドの周りからは、見ていた人たちがお祝いの言葉を叫んでくれていた。