ずっと、好きなんだよ。
私が席に着くや否や栄木さんはメニュー表を渡して来た。



「朽木さん仕事帰りでしょう?お腹空いたよね?ごめんね。わたしお腹ぺっこぺこで、もう食べちゃったんだ。だからわたしに構わず食べて食べて」



食べることを勧められてもこの状況では空腹さえ忘れる。


固形物が喉を通る気がしない。


私はコーヒーだけ頼んだ。


私の注文が終わると、栄木さんはふぅっとひとつ息を吐いた。


水面に指先をつけた時のように波紋が出来る。


止まっていた時間が動き出す。


記憶の蓋が開く。


私は覚悟を決めた。


顔を上げて前を向くと栄木さんもこちらを見ていた。


ぷるんとした唇が動く。



「朽木さんとずっと話がしたかったんだ。本当はもっと早くちゃんと向き合うべきだったんだと思う。…ごめんね」



私が首を横に大きく振ってから口を開こうとすると、コツコツとヒールの音が近づき、私の真横で止まった。



「お待たせしました」



全く待っていないのにお待たせしましたと言わせてしまうことに、なぜか昔から罪悪感があるタイプの私はぺこりと頭を下げた。


店員さんが去っていき、今度こそ2人きりになる。



「コーヒー、冷めないうちにどうぞ」



栄木さんが気を使ってそう言ってくれたけど、私はまだ飲む気にはなれず...というよりは猫舌だから遠慮した。


その代わりに口を動かす。



「あの...栄木さん」


「ん?」


「私こそ、ごめんなさい、なんです。栄木さんから電話来るまでずっと...ずっとずっと逃げてたから。一番向き合うべき相手を遠ざけて色々放り投げてた。全部忘れようとするばかりで過去も今も見つめようとしていなかった。だから、ごめんなさい」

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