【完】永遠より長い一瞬を輝く君へ

味わう余裕もなくみそ汁を飲み干し、テーブルから立ち上がる。けれど。


「――悠心」


ここから逃げようと逸る俺を、父は見逃してはくれなかった。


名前を呼ばれたのなんて、いつぶりだろう。

本来なら嬉しいことのはずなのに、父の声音は浮かれる余地さえ与えてくれない、ひどく冷たく突き放すようなそれだった。


警鐘を鳴らすように、心臓が不整脈を繰り返す。

今すぐここから消えてしまいたいと願うが、俺の体はそんな超常現象を起こしてくれるはずもなく、ただここに在るばかり。

さっきまでは空気扱いをしていたくせに、そう都合よくは透明人間でいさせてくれないらしい。


「お前も少しは悠樹を見習ったらどうなんだ」


父はこちらを見ようとはしない。

さっきまでとは打って変わって眼鏡の奥の瞳は冷え切り、投げ出すように夕食に向けられている。


母は素知らぬふりを決め込み、黙って箸を進めている。


「バスケもできなくなって、遠くの高校に行って。結果がなにもついてこないじゃないか」


父の言葉に、目の奥がかっと熱くなるのを感じた。
< 36 / 169 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop