エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
「君は、向日葵みたいに笑うよな」
あまりに眉目秀麗な彼にそう言われて、私は何度か目を瞬いた。
母の知人がロンドンで経営する日本食レストラン――一番安いうどん定食が日本円で三千円近くする――で、私と彼は出会った。
私はウェイトレスで、彼――綾城勇梧さんはお客さん。少し年上くらいの、西洋人と並んでも体格が全く見劣りしない長身の彼とは、〝店員と客〟――ただそれだけのはずだった。
その関係が崩れたのは、とある土曜日。朝から妹のララに怒鳴られた日のことだった。
忘れ物をしていた彼女の名前を慌てて呼んだところ、いつも以上に激昂されてしまった。
『あたしは伯爵令嬢だけど、あなたは違うよね!? どうしてきちんお嬢様ってつけられないかな!?』
実の妹であるはずのララを「お嬢様」、義父のはずのアンドルー氏をさんのことも「伯爵」と敬称をつけて呼ぶのが、ここに来てからのルールだった。
『あなたとあたしじゃ、身分が違うの! 卑しい血筋のくせに』
ララの目が険しく細められたかと思うと、ふとその眉間が緩む。そこには隠しようのない、サディステックな優越が浮かんでいた。
『……あ、そうそう。今日は遅くなるから。教授の学会のお手伝いをしないといけなくって。あなたには、一生関係のないことだろうけれど、学問を修めるのって大変なのよ?』
そう言い捨てて大学へ出かけるララを、頭を下げて見送った。ララの怒りをこれ以上買って、母の気分を害すれば、どんな報復があるか知れない。
私だって、高校や、大学へ行きたかった。けれど、あなたとお母さんが、私を必要としていると聞いたから……。
怨みたくなる。
でも、ここへ来ると決めたのは私自身で……。
逃げ場所なんか、どこにもなかった。