エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
私たちがいるのは、ロンドン中心部にある高級に高級を重ねても足りないほどのホテル。その中庭にある、溢れるほどに春薔薇が咲き誇るガーデンテラスだった。
優雅に広げられたガーデンパラソルの下、こちらも中華風の意匠が彫り込まれた黒檀の丸テーブルにふたり向かい合って座っていた。テーブルは屋外で使用していいのか戸惑ってしまうほど艶々に磨き込まれていて――。
そのテーブルの上にあるのは、いわゆるアフタヌーンティーのセット。料理についてなにかと揶揄されがちなイギリス文化だけれど、アフタヌーンティーに関してはそうそう誰も文句なんかつけようがないだろう。
そよそよと春の風が吹いて、薔薇の芳(かぐわ)しい香りを運んでくる。陽射しは春のとろけるようなもの。その中で、綾城さんはにやりと笑った。
「なんでもとか言うと、本当になんでもしちゃうけど大丈夫?」
「え、はい。大丈夫です」
即答すると頭を抱えられてしまった。
「綾城さん?」
「世間知らずにも程があるだろ……なあ、筒井さんってもしかしてどこかのお姫様だったりするのか」
頬を緩めながら綾城さんはそう言って私の髪に触れる。丁寧に、慎重に――壊れ物にでも触れているかのように。
さらり、と耳にかけられた髪の毛。熱くなるはずなんかないのに、彼に触れられた髪の毛そのものが熱い気さえしてしまう。
「そんなはず……ないじゃないですか」
目線を逸らす。
私はお姫様どころか――自分の置かれた状況を思い返し、つい苦笑してしまった。
「そうかな。割とお姫様だけど、俺から見ると」
そう言う声にハッとすると、綾城さんは私の眉間を指で撫でた。無意識に皺が寄っていたらしい。
「……もし、俺で役に立てることあるなら聞くけど?」
「っ、え、いえ、大丈夫です……!」
私は慌てて首を振った。
綾城さんに、私が虐げられていることを知られたくなかった。「お姫様」とまで言ってくれているのに、惨めな存在だと思われたくなかったのだ。
「んー……そうだなあ、お礼か」
綾城さんは腕を組む。それからハッと思いついたように私に笑いかけた。
「食事を作ってくれないか。一緒に買い物へ行って」
「ご飯、ですか?」
そ、と綾城さんは頷いた。
「和食。レストランの食事も美味しいんだけど、手料理が恋しくなって」
ダメ? と整ったかんばせを少し不安げな色に染めて言われれば、断れるはずがない。
「じゃあお礼は、俺の家で料理を作ってくれる。……本当にこれでいいのか? 俺の家だぞ?」
「もちろんです!」
何度も縦に頷く。ようやく綾城さんのお役に立てる……!
けれど綾城さんはちょっと難しい顔をする。それから「警戒すらされてないんだからなあ」と思い切り苦笑した。