エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む
「食事といえば、君が働いているレストラン、閉めちゃうんだって?」
「そうなんです。オーナーが日本に帰国されるそうで」
「君はどうするんだ?」
私は苦笑して「未定です」と首を横に傾げた。そのうち、また母の知り合いの店で働くことになるだろうけれど、私の希望はどうせ聞いてもらえないだろう。
「そうか。また決まったら教えてくれないか?」
綾城さんはそう言って、目を少しだけ険しくした。
「そういえば、きちんとは確認していなかったけれど、恋人は?」
「え?」
「いないよな? ちなみに俺はいない」
私は小首を傾げた。それから慌てて頷く。恋人がいるなら家には呼べないってことか!
「あ、はい、もちろん! もちろんいません!」
綾城さんに決まった相手がいないことに安心しつつ頷くと、綾城さんはホッとしたように表情を柔らかくした。それから紅茶を口に運びつつ、何気ない感じで口にする。
「ちなみに、気になる人は」
「き、気になる人、ですかっ」
目の前にいるあなたです! とは言えず、明らかに不自然に視線を泳がせてしまう。
綾城さんが目を細めた。
「……いるっぽいな」
「いませんよ」
「誰?」
ずい、と身を乗り出してくる綾城さんに慌てた私は、ものすごく適当に答えてしまう。
「えっ、ええっと、た、たまに会うスーパーの店員さん……かな?」
すっ、と綾城さんは息を吸う。
「……本気の好き?」
「いっいえ、かっこいーなー、くらいです! 付き合いたいとかそんな、私、恋なんてしてないです!」
ふーん、と目を細めて、綾城さんは身体を引く。
「あ、綾城さんこそ……恋、してるん、ですか?」
綾城さんはびっくりしたような顔をしたあと、ものすごく上品にティーカップを手に取りいたずらっぽく笑う。
「どう思う?」
男の人を形容するのに最適かどうかは分からないけれど、それはあまりに蠱惑的な笑い方で――私は思わず目を逸らしてしまった。
視線の先で春薔薇が風に揺れる。
心臓がどきどきしてる。
言葉とは裏腹、私の中で恋が少しずつ、確実に色づいていっていた。
彼が私に恋をしてくれていたらいいなって、そんな、分不相応なことを想像してしまうくらいには。